岩手福寿会

湯たんぽの記憶

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とりわけ寒さが厳しいこの冬、何十年ぶりかで眠っていた湯たんぽを出しました。使った翌朝にお湯を捨てるとき、まだ充分あたたかいお湯を流しに捨てながら、ふと向田邦子さんのエッセイを思い出しました。「子どもの頃の夜の記憶につきものなのは、湯タンポの匂いである。(中略)湯タンポは朝までホカホカとあたたかかった。自分の湯タンポを持って洗面所にゆき、祖母に栓をあけてもらい、生ぬるいそのお湯で顔を洗うのである。(中略)父は湯タンポのお湯は使わなかった。なんでもお父さんだけ特別にされるのが好きな人だった。父の湯タンポのお湯は、たらいやバケツにあけて母が洗濯や掃除に使っていた。」――『父の詫び状(子どもたちの夜)』

この湯たんぽの話はわたしたち世代には実感がありますが、生活環境が(良い意味で)全く変わってしまった今の子どもたちにはどうなのでしょう。電気あんかか、電子レンジで温めて使うタイプのものを使うのでしょうか。蛇口(レバー)を操作すると温水が出るのが一般的になった今の住環境では、「寒い家」さえも遠いものになりつつあります。

向田さんは、昭和のサラリーマン家庭を舞台に、女性や子供の鋭い観察眼で一瞬のできごとに光をあてて書くことが得意でした。久しぶりに『父の詫び状』を取り出し、「子供たちの夜」に湯たんぽのくだりを探しあてた後はついページを繰る手が止まりませんでした。

1月25日、出版科学研究所は、2020年の紙と電子書籍を組み合わせた出版市場の推定販売金額が前年比4.8%増だったと発表しました。感染症の流行やそれに伴う人々への行動規制は憂うべきことですが、収束の見え難い巣ごもりの時間、自分の暮らしについて改めて考える人も増えています。

向田さんは今年没後40年になりますが、今なお一定数、読者が増え続けているそうです。向田作品がすたれない理由のひとつは、外界の変化に左右されない人間の心のひだを直視することに長(た)けているからでしょう。向田作品を読んで「そうそう、私の言いたかったのはそのことです」と思う人も多いそうです。さて、今夜は湯たんぽとともに、向田さんと「巣ごもり」しましょうか。