院長から

カラスの落としもの

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先日、水沢の街中、小路と呼ばれるところを500mほど歩きました。近頃は街中を歩くことも減り、周辺の景色が記憶とすっかり変わっていることに戸惑いました。以前は大通りから一本入っても、道路に面して商店のガラス戸が並んでいるのが常でしたが、今は住宅が建っていたり、更地になっていたり、いずれ細い小路に住宅と店が混在している風景はあまりなじみがありません。そして道の両脇には、白っぽい何かが点々と貼りつき、かなりの距離が続いています。衣類のポケットにティッシュを入れたまま洗濯してしまったあとの紙くずそっくりです。よく観ようと身体をこごめて目を凝らすと臭いが立ちのぼり、どうやらカラスの落とした「おみやげ」らしいとわかりました。

折しも、自宅の戸を開けて外に出てきた高齢のご婦人が「おはようございます。臭うでしょ? カラスの落としものなんだけど、すごいのよね。どうすれば来ないようにできるか、いい方法がわからないんですよね」と、なかば独り言のように話しかけてきたので、わたしも返事にもならない相槌を打ちました。するとご婦人は「あら、余計なお喋りをして足止めしました。ごめんなさいね」とおっしゃいます。こちらも「いえいえ、それではごめん下さい」と言ってお別れしましたが、こんなふうに、自宅の前で見知らぬ人とあいさつや短い会話をすることは、かつてはきわめて自然なことでした。どこの道巾も今より狭く、主たる交通手段が徒歩だった時代のことです。なにかとても懐かしいものに出会ったような気持ちで歩を進めましたが、もしかしてわたしの通った路地は時が止まった小路だったでしょうか。