院長から

10年後の『龍宮』

投稿日:

作者の照井翠氏は震災当時、釜石の高校に教師として勤務していました。もともと俳句結社に所属して、俳句を詠んでいた方ですが、2012年に出版された句集『龍宮』は、震災句として新聞をはじめとするマスコミに取りあげられ、またたく間に多くの人の知るところとなりました。コラムでいくつかの句を目にするたびに、5,7,5の17文字にこめられたものの深遠さにおののくことしばしばでした。当時目にしたのは以下のような歌です。

脈うたぬ 乳房を赤子 含みおり

双子なら 同じ死顔 桃の花

御くるみの レースを剥げば 泥の花

とても全部を読み通す気持ちになれないまま、それでも機会がやってくればそのときはそのとき――と思っていました。

震災から10年が経ち、また『龍宮』のことがぽつぽつ新聞に載るようになりました。たまたま2012年版は絶版となり、文庫で新装になったというタイミングでした。わたしが『龍宮』に出会う「機」だったのでしょう。この句集の書名が、海の底にあるという宮殿『龍宮』であることにも胸ふたがれる思いです。

蟇(ひきがえる) 千年待つよ ずっと待つよ

今生の ことしのけふの この芽吹き