8月12日に、達増拓也岩手県知事は県独自の「緊急事態宣言」を発令しました。宣言発令によって、県内の感染者数が減少することを期待しながら日々を過ごしているわたしたちの神経をかき乱すかのように、毎日午後に発表される県内感染者数は増えたり減ったりを繰り返し、気持ちが休まるときはなかなかありません。
巣ごもりの日々が続く中で、改めて活字の良さに目覚めた方もおありでしょうし、全国的に「本」はいくらか売れ行きを伸ばしているようです。岩手の遠野では、7月末に「こども本の森 遠野」がオープンしました。これは2019年に、建築家である安藤忠雄氏が「東北復興のシンボルとなる子供向けの本の施設を、遠野市に建造したい」と立案し、民間からの寄付も募って今年完成した図書館です。わたしはまだ実際には訪れていませんが、TVのニュースで見た施設内の図書室は、広い部屋の天井までが造りつけの本棚で覆われ、児童書や絵本約12,000冊が並んでいました。子供たちがそこに入った瞬間、思わず声をあげ、自分と本のほかには何もなくなる世界――。わたしが子どもだった頃にはあり得ない、考えつくことさえ及ばなかった光景がありました。
数ある東北の被災地の中でも、なぜ岩手県なのか、そしてなぜ遠野市を選んだのか。その質問に対して安藤氏は、「かつて遠野を訪れたとき、柳田邦男の『遠野物語』の世界に強く惹かれた。それが心の原点にあり、遠野市に図書館を建設するというアイディアにつながった」と語っていました。10年前の3.11大震災のときに、多くの被災者の「本が読みたい」「子供たちに本を」という願いにこたえて全国から集まった本を、いったん集荷、仮置きし、そこから沿岸の各避難所へ振り分けて届ける「中継地」として奮闘したのも、遠野市でした。本を読む、という文化を尊ぶ遠野にこそ、「本の森」はこの上なくふさわしい公共施設だと言えるかもしれません
また、先日の「岩手日報」によれば、盛岡の「さわや書店」と、古書店「盛岡書房」が、県内の病院に入院中の子どもたちに新品の絵本を贈るプロジェクトを始めた、ということです。このプロジェクトは、個人が読み終えた本を「盛岡書房」が回収、査定し、査定金額を原資として、入院中の子どもたちへ贈る絵本を購入する、というものだそうです。
盛岡市もまた、1世帯あたりの書籍購入額が全国1位になった実績があるほど、読書の文化が深く根づいている街です。そして、文学の世界では多くの高名な岩手の先人たちがいますし、近年は岩手ゆかりの作家たちが立て続けに文学賞を受賞しています。岩手には「物語の里」ともいえる土壌があるのでしょう。
「本の森」に関連する記事を新聞で目にするたびに、「行きたい、いや、ぜひ行かなくては」とはやる気持ちを抑えるこの頃です。新型コロナウイルス関連の移動制限や施設の休館がなくなったあとに訪れたい場所が、またひとつできました。